りえの介護記録・はじまり「母の入院」

こんにちは、りえです。

父と母が同時に介護状態になってしまって、てんやわんやのりえです。
いろいろと思うところがありますが、なかなか発信しようという気にはなれないのが本音です。

家庭によっても両親の性格によっても、はたまた病状によっても介護は違ってきます。

環境を整えて介護にのぞむ。

ひとつずつクリアしていこうと思います。

ひとつずつ、振り返ってみようと思います。

これから介護をする人の為に
今、どうしようと困っている人の為に。
そして、今もなお迷い続けている自分の為に。

母の入院

救急車2
母が突然の脳梗塞で救急搬送されて、急性期の病院に入院したことからりえの介護生活が始まりました。

全く何も準備していないまま、何もかもがわからないと言う状態で介護が始まりました。
介護は突然です。

父の認知症に関しては、母から少しは聞いていました。
でも、りえの認識のなかでは「大したことない」と思っていたので、これこそが大きな間違いでした。

母の入院に関しては、病院におまかせしておけばよかったのですが、父の生活面に関してはりえ以外の誰もしてはくれません。

明日の事からが、困る状態になってしまいました。

頼るべき母が動けません。

今まで、助けてくれていた母がいません。

どうしたら良いのか?

いきなりのどうしよう!です。

仕事は行けない。

りえは一人娘なので、頼る兄弟はいません。

しばらくは休んで、父の生活をカバーする手段を模索することになりました。

急性期病院


入院した母の様子はと言うと、2日くらいは意識がもうろうとしている状態でした。

顔も全身もパンパンに浮腫んでいて、別人の様相でした。

血圧も高く、脈拍も恐ろしく速かったのです。
さらに、脳梗塞と脳出血が同時に起っていました。

脳梗塞は発症からの時間がカギで、母の場合は、時間が経ちすぎている為に点滴をするだけしかできないとのことでした。
さらに、出血があるので薬も使えないと言われました。

今から1週間が山で、脳の腫れが引かない場合は覚悟してくださいと言われました。

命を取り留めても、広範囲の梗塞のためにかなりの後遺症が残る。
以前のような生活は、できませんと断言されました。

ここも、覚悟しておいてくださいと言うことでした。

失語症と高次機能障害と右片麻痺、おそらく嚥下障害もあるだろうと言う診断でした。

運ばれたのが夕方、発症したのは何時間前なのかはわからないが、8時間以上は経過しているだろうと言う状態でした。

母の当初寝ていた病室は、ナースセンターの隣に隣接していました。

ここは、ICUとまではいかないけど、救急で搬送された人が真っ先に入る病室と言う感じの部屋でした。
母は、2週間位この病室にいました。

連日のように、同じような症状の高齢者が入院してきていました。

手術して意識の戻らない人。
比較的、軽く自分で食事を取れる人など、さまざまな入院患者さんが搬送されてきていました。

ここにいると、入院することは特別なことではなく、これが日常なのかも知れないと思ってしまうくらいです。

見舞いに来る家族の様子もさまざまだなぁ、と妙に感心したりしました。

毎日、父の世話と母の見舞いに通いました。

母は、意識も戻り呼びかけにも反応するようになりました。
片方の目は、発見されたときから瞳孔が開いたままなので見えていないのかも知れません。

以前からですか?と聞かれても、そうだったのか違ったのか今となってはわかりません。

緑内障で通院はしていましたし、目薬もありましたが経過についての情報はありません。

重篤な後遺症が、コミュニケーション能力を奪い言葉を奪い母の人格を奪ってしまいました。

入院に関する書類に記入を求められ、万が一の場合の処置に関しても聞かれました。

どうするのが本人の望みなのか?
子供としての答えをすることしかできません。

配偶者である父が存命ではありますが、認知症のため母の病気を正しく理解する能力を失っていました。

1人では、見舞いに来ることもできない父は、懸命に病院の名前や交通期間等を受付の職員さんに質問していましたが覚えらないだろうと悲しくなりました。

10分後には、病院の名前を聞いたことすら忘れてしまっていました。

母は、どうして欲しいと思っているのか?
必死で考えましたが、本当のところはわかりません。

だいたい自分の事だって、思いは刻々と変わるのだから。
もし、聞いていたとしても現実問題としては変化していたかもしれないと。

生きていたい?
生きていて欲しい。

今はそれが優先。

急変したらどうしますか?

カルテ
もしもの時はどうしますか?

病院で患者の家族は、必ず聞かれます。

これは、つまり延命処置をするのかどうか?と言う質問です。

自分の頭の中にある知識を総動員して、考えます。

管をいっぱいつけられて、意識もなく生きているだけ。
そんな状態を望みますか?ってこと?

無理な延命ってなに?

どこからどこが無理な延命なんだろうか。

突然に死と直面する家族になってしまった自分の気持の整理もつかないまま、いろんな書類に署名させられる。

コンプライアンスの問題もあるし、あとで訴えられたりしないようにとか、手続き上仕方ないとは思いつつ。
何に何を署名したんだか、よくわかりません。

お金大丈夫だろうか?
生活していけるのだろうか?

入院代っていつ払うんだろう?

それより、父はいつから食事してないのだろうか?

12時間位食べてないのではないだろうか?

お腹が減って、母の様子の変化に気づいたのだろうか?

そもそも、お腹は減っているのか?

認知症の父が、救急車を呼べたことにひとまず感謝しよう。

どうやって呼んだんだろう?

住所は言えたんだろうか?

この時の救急隊員さんには、後日父が救急搬送される日が来て再会することになります。

緊急通報装置の設置を役所に頼む

申し込む
後日、地域包括支援センターのお世話になるのですがすぐに緊急通報装置を設置してもらいました。

高齢者への支援の一環として高齢者のみの世帯に設置してくれています。
ボタンひとつでセンターとの会話ができる装置で、電話回線でつながっています。

ボタンを押すとどこの誰かということもわかるようになっているので、救急車を呼ぶ事も簡単にできます。

認知症のために住所が言えなくても大丈夫です。

願わくば、母が倒れる前につけておきたかった装置です。

もっと早く知っていれば、
もっと早く両親の生活の安全に意識を持っているべきだったと反省です。

両親の地域は無料で設置してくれました。
防犯サービス会社にも、似たシステムがあると思います。

こんな良いサービスがあるのですが、全て自治体のサービスは申告しないとダメです
申し込まないと設置してくれません。

高齢者の独居世帯には義務化してくれてもいいのになあ。

お役所は、全てが申告性です。

知っている人だけが、利用出来るものって多いのだろう。

知らない事ってたくさんあるような気がする。

もっとたくさんの人に周知して欲しいし、知らせる方法があればいいのにと切実に思います。

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