りえの介護記録・その4りえの出会った病院いろいろとソーシャルワーカーさんたち1

こんにちは、りえです。

 

介護休職を選択し、毎日母の病院に通っています。母の転院も2回め、3つ目の病院です。

 

この8ヶ月の間に父と母に携わった病院は、5つ。入院には至らないものの、面接をした病院も含めると7つの病院のソーシャルワーカーさんとお話しました。

 

新しく建て替えたり、移転した病院や地域に長く親しまれている病院などさまざまです。

 

りえの見てきたワーカーさんたちは、とても頼りになる存在です。頼る兄弟の居ないりえにとっては、兄弟のように思い頼っていた人たちでもありました。

 

これからもお世話になります!

初めての入院・急性期病院


救急病院。地域の中心となる大きな病院です。母が突然入院し、右も左もわからないりえにこれからの方向性を教えてくれたのは急性期病院のワーカーさんでした。

 

地域の包括支援センターに連絡をとってもらい、面談から父の入院予定先のワーカーさんにも連絡を入れてくださいました。いろいろな手続の準備、用意するもの・出向くところ・を教えて下さいました。


はじめに申請する高額医療の減免手続き・要介護認定・父の入院予定の確認など、右も左もわからない状態でした。

 

何をどの順番でしたらいいのか?

 

入院したばかりのころ。看護師長さんとワーカーさんは私の気持ちが落ち着くまでずっとそばにいてくださいました。

 

仕事と介護の両立についても、看護師長さんご自身の体験のお話もきかせていただきました。

 

体験談から知るのは、どこの病院の看護師長さんもご自身が、介護を経験されている方が多いです。そして、どなたも在宅介護はとても大変だとおっしゃっていました。

 

プロでも大変なのです。素人はもっと大変に違いない。

 

家族だとよりストレスが増すのかも知れません。

 

どこの病院も、看護師さんの人数は少なくとても忙しそうです。

 

特に最初の急性期病院の看護師さんたちは、いつも走っている感じで看護してくださっていました。

 

それでもナースコールを押すと、すぐに来てくれました。忙しいけど、とっても機敏な対応でした。毎日のように、重篤な患者さんが運び込まれるからでしょうか。

 

急性期病院の入院期間は、2ヶ月の予定でした。次は回復期リハビリ病院に転院する予定で病院の選定をしていました。

 

母は、そのころ感染症にかかり隔離されてしまいました、おかげで回復期リハ病院への転院の時期を逃してしまったのです。

 


このあたりから、母の回復が滞ってしまったような気がします。

 

順調に行けば、車椅子での移動・自力での排泄ができるかも?の希望に陰りが出始めたのと同時に胆嚢炎を併発しました。

 

回復期リハビリ病院の選定

春1
リハビリをメインに在宅への準備をするための病院が回復期リハビリ病院です。脳梗塞で発症した患者は、入院後2ヶ月以内に転院をするという決まりがあります。

 

母の入院した病院は、急性期病院でもあり、同じ病院内に回復期リハビリ病棟もありました。
転院せずにそのまま病棟を移動するだけで良かったのです。

 

新しいとは言えない病院でしたが、脳梗塞での入院の実績の多い病院のようでした。リハビリも活発に行われていました。

 

このまま、この病院でお願いしても良かったと思います。

 

というのも当時父が、前立腺肥大でお世話になっていた病院のワーカーさん経由で、リハビリの実績も調べてもらい、良いのではないかと言ってもらえていました。

 

ところが、順調に回復していた母を、できるだけ自宅近くにつれて帰りたい思いがふくらんで、地元の病院に転院したいと思うようになりました。

 

急遽、自宅近くの病院に転院の希望を出してもらう事にしました。

 

移動するだけの手配と転院の手配では、違いがあったのかどうか分かりません。書類作成などの手配後、転院の受け入れを待っている間に母の容態が急変したのです。

 

下痢とともに菌が出たそうです。

 

見舞いに行くと病室が、個室に変わっていました。母の病室に入る時には、ナースステーションの許可と手の消毒、マスクにエプロン装着という重装備で入室しなければいけませんでした。

 

手洗いと消毒、マスクと全身を覆うエプロン着用、手袋もして誰なのかもわからない状態です。


一度、退出すると再び同じセッティングをしなければなりません。毎回の重装備に、辟易してそうそうに病室から退出。

 

同時に胆嚢炎を併発しているとの説明でした。気楽に回復リハ病院を探していたりえは、急に命の危険を知りました。いつどうなるのかわからないのだ。

 

急変した時は、どの処置をしますか?と聞かれました。

 

胆嚢炎の手術をするか?心臓も弱っているので難しいだろう。もしかして死んでしまうの?母は、急にやつれてみえました。

地域で一番の大学病院に相談


ここで、りえは焦ってしまいました。

 

母を助ける為にはどうしたらいいのか?今の病院では、手術できないの違いない。専門医がいないと言っていたし。もっと大きな病院で見てもらったらいいのではないか?

 

そう思ってしまったのです。

 

丁度一年ほど前に、父の心臓の手術をしてもらった大学病院に行ってみました。

 

セカンドオピニオン?セカンドソーシャルワーカーさん?

 

入院もしていない病院のソーシャルワーカーさんに親身になって話を聞いてもらいました。かなり、気持ちは穏やかになりました。

 

いろんな病院のいろんな人達に話を聞いてもらえるってすごいです。

 

結果的には、母の胆嚢炎は今現在も悪さをすることもなく、とどまっています。

 

病院の医師の治療方針は、このままの点滴治療でした。高齢者の胆嚢炎切除手術はしないことのほうが多いそうです。経過観察。

 

この時のワーカーさんも、当時入院中のワーカーさんも繋がりがありました。自分の名前を出してくれていいですよ、と言って名刺をくださいました。

 

地域連携室という病院間の連携をとっている部署の方々は、患者の味方なんだなあと嬉しい気持ちになりました。

 

本当にありがたいなあと感謝しながら、帰宅しました。話をする、聞いてもらう、単純だけど大切なことなんですよね。

 

次は、いよいよ転院です。


母の病状は一進一退。回復しなければ、転院もできない。

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