りえの介護記録・その5「母と転院」

こんにちは、りえです。

母の容態は一進一退。
でも、転院の期日が決まっていると言う納得できるような出来ないような状況で次に入院する病院探しを続けます。

仕事の事や父の事そして母の病院の事。

連日の病院の面接の毎日に疲れてしまいました。

リハビリにも陰りが出てきました。

一度目の転院は一般病棟


回復リハ病院への転院がスムーズいかなかった脳梗塞患者は、在宅療養の道が閉ざされるのか?

母は、食事を取らなくなってしまいました。

リハビリも乗り気ではないし、食事も食べない。
見舞いに行くといつも喉をからしている状態でした。

水分補給ができていないんだなぁと思っていました。

ある日、見舞いに行くと脱水症状がひどいとのことで点滴での水分補修が始まりました。

病院にお願いしているのだから、信用するしかない。
適切な処置だのだろう。
でも、喉の渇きは定期的な水分補強がなされていないためではないか?と思ったのも事実です。

1日中、私がそばに付いて見ている事がが出来る状態だったら?違ったのかもしれない。
これは、タラレバで分からない。

水分補修の点滴は延々と続きました。
母は、食事を全く受け付けなくなっていました。

点滴治療をしている為に施設への入所申込みは、断念。
以後、私は母が病院への入院を続けるしか道がないのだと思い込んでしまいました。

急性期病院に長く入院することができない。

転院を打診されました。

転院先に選んだのは、一般病棟。

リハビリを実施しているところを選びました。

リハビリを続けてほしかった。
食事をしてほしかった。

口からの食事にこだわり続けてしまったりえの判断は、間違っていたのかもしれない。

母の体力は、みるみると衰えていきました。

リハビリに使う体力は、ほとんど残っていませんでした。

それでも。

2つ目の病院はリハビリをメインに選んでいましたし期待していました。

しかし、回復期リハとは雲泥の差でさらに体力の無くなった母には、ただの辛い時間だったようでした。

お陰で母はリハビリにも疲れ切ってしまって、全く食事は取らなくなって、点滴の針も刺せないほどみるみるやせ細っていきました。

もう母の寿命を覚悟しなくてはいけないのか?
そんな日々でしたが、仕事の後の見舞いも疲れてしまい毎日は行けなくなっていました。

週に一度、行ければいい見舞いになっていました。
看護師さんの顔も覚えられない程の付き合いになっていました。

ソーシャルワーカーさんとの面談も2回くらいしかしませんでした。
病院関係者の方とも、ほとんどお話をする機会もありませんでした。
仕事と介護を両立させるのは、難しいと思います。

平日の昼間に時間を取って話をするという機会を取ることもなくなってしまっていました。

知らない間にワーカーさんの担当も変更されていました。
在宅の相談と仕事を休職して介護に専念したほうがいいのか?って相談をしようとしていたのですが仕事が忙しくて面談の予約も取れていませんでした。

平日にいける日にリハビリに付きそうと、リハビリが全く機能していない事に愕然としました。
しかし、病院任せにしてしまわざるを得ない現実に直面します。
病院におまかせする介護と在宅での介護に踏み切るべきか?。

いまだに、その葛藤に悩まされ続けています。

母の容態は急変するものではないとその時は思っていました。

そもそも、急性期病院は看護師さんも忙しく患者さんの出入りも早い。

それよりもじっくりと看護してもらえるのではないか?と別の病院を探した方がいいのではないか?と思いました。

結論としては、一番リハビリの効果も体力もあったのは発症後2ヶ月くらいでした。
運動能力については、この期間がとても大切だと思います。

この時期にどれだけリハビリが出来るか?
ということが、それ以降の後遺症の回復のカギになるのは間違いありません。

しかし、脳梗塞の後遺症にも感情の起伏があり、母もまた叫んだり手のつけられない状態が続き、リハビリを妨げました。

療養病棟を探したものの、一般病棟への転院後の入院も4ヶ月目になっていました。

リハビリも思うようには進まず食事も取らない母は、骨と皮だけのガリガリの老婆になってしまいました。
もっと他の選択があったのか知れない。

でも、知識も情報もない家族には何もできませんでした。

母には、食事をしてほしかった。
転院先では、無理な延命をしないで欲しいとは伝えていました。
そして、できるだけ経口摂取を希望したのです。

実際、母の病状で、どの選択が良かったのか?
何もかもが初めてのことだし、専門家の意見や助言が欲しかったと思う。

でも、聞いていたとしても冷静に判断できなかったと思う。

はじめの急性期病院にも、次の一般病棟の病院にもどこか敵対する気持ちがあったような気がします。

どこか、素直に受け止められないでいました。

病状についても治療についても看護についても。

自分の見える所だけしか、受け入れることができない。

母は、おざなりなのではないか?

母の病状はさらに悪化し発症後半年目には、栄養補修をするための高カロリー輸液の点滴をすることになっていました。

このままの状態で、病院生活はあと何ヶ月持つのだろう?
そんな気持ちで仕事を続けていけるのか?
悩む日々が続きました。

母は、あとどれくらい生きられるのか?

命の期限が迫っているような気がしていました。

2回めの転院

そうこうするうちにまた転院の時期が来てしまいました。

3ヶ月で転院。

同室の人達が、気づけば変わっているのですが。
その方々がその後どうされているのか?はわかりません。

なかなか、家族の方ともお会いすることもお話することもありませんでした。

自宅に戻られたのか?別の病院にかわられたのか?
いつの間にか入れ替わっているのです。

2回めの転院は、今後転院をし続けなくてもいい病院を探してもらいました。

次の転院をしなくてもいい病院。

見学に行きましたが、設備の立派なホテルのような病院でした。

そこは環境もいいし、落ち着いて過ごせそうですが高額の入院費を払い続ける余裕はありません。

転院を繰り返すか、費用がかかってもずっと入院出来る病院にするか?

そんな時に、半年前に転院の希望を出していた病院から、ベッドが空いたと連絡が入りました。

回復期リハビリを併設していて、実家に一番近い病院です。

回復期では入院できないのですが、療養病床でもリハビリを継続してもらえる、ST(言語聴覚士)さんもいらっしゃいます。

ずっと入院することはできないですが、言語聴覚士さんのリハビリを受けることが出来る。

母に経口摂取の希望を捨てきれない私は、入院を決めました。

父の施設も退所して、実家で一緒に生活して母も見守りをする。

実家から、母を見舞う。
実家で、父と暮らす。

そして、自宅での暮らしと仕事のできる環境を作る。

2回めの転院はやっと地元です。
そこは、2年ほど前に移転して新しく建て替えたばかりのとてもきれいな病院です。

今までの年季の入った病院とは違い、職員さんもみんな若いです。

キレイで若い。

古くてベテラン。

全く真逆の環境の病院です。

どちらもいいところも悪いところもあります。
入ってみないとわからないです。

まだ、転院して1週間。
病室に水道が設置されているし、お湯が出ます!
すごい。

いつでも母の顔を拭いてあげられる!
ちょっと感動しました。

新しい設備は、やはりいいですね。
看護師さんの力量については、まだまだわかりません。

今までの病院と違うところは、挨拶が少ないです。

家族にも、患者にも。

挨拶は大切だと思います。

気になります。

設備は新しくて素晴らしいので、とても残念です。

ソーシャルワーカーさんとの話し合いも、形式的でした。

定期的に面接をしていくと言っていました。

が、かなり形式的でがっかりしました。
こちらの話を聞いているようで、全く聞いていませんでした。

退院支援ができるのかどうかとても不安です。
器はキレイだけど、心が中身がまだ追いついていない感じです。

一長一短ですね。

まだまだ、これから。

りえも母も父もそれぞれで頑張ります。

転院のまとめ


りえが転院を2回経験してのまとめ。

急性期病院は、患者数も看護師さんの人数も多く充実した看護や患者に寄り添っていてくれたような気がする。

療養型病院と言われる病院も、最近では2〜3ヶ月しか入院できないところが多い。
療養型の看護師さんは、人数も少なく作業も多いのではないだろうか。
「忘れてた」と言いながら点滴を見に来たりが多い。

タンの吸引もあまりしてくれていない、口から溢れていたこともあった。

3ヶ月ごとに繰り返される転院は、患者本人にとってかなりのストレスなのではないかと思う。
が、意外と気分転換になるのかも知れない。

転院するたびに病院の規模は小さくなることが通常で、看護師さんの数も減っていく。

患者の家族として、任せっきりにするのは良くないと思うが仕方ない。

看護師さんも少ない人員で看護をしてくれている、手の回らないところは家族が受け持つつもりで見舞いに行くほうがいい。
できるだけ、昼間に見舞いには行くようにして看護師さんとコニュニケーションを取ること。

看護師長さんと仲良くなること。

主治医とも会話を増やしておくのがいいと思う。

仕事が忙しいと厳しいですが。

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