敬老の日を前に両親の長寿を有りがたく思う事、子供としてしておきたい事

こんにちは、りえです。 2016年9月に記入した記事です。 自分の記録として残しておきたいなあと思い公開することにしました。 Rioオリンピックの興奮も、落ち着いてきた今日このごろ。 バラエティにも、アスリート方々がたくさん出てらっしゃいます。 しばらくは地元にも帰れない日々を過ごしてらっしゃるようで、本当にお疲れ様です。 4年後に迫ってきた東京オリンピック。 そう、りえが産まれて間もないころにも東京でオリンピックが開催されたんですよね。 敬老の日を前に、傘寿と喜寿を迎えた両親が、健在で居ることに感謝したいと思います。 両親は、二度目の日本での開催のオリンピック。 一緒に観戦出来るといいな、と思います。

父親は傘寿

傘寿、80歳です。 両親は、少し離れた同じ県内に住んでいます。 実家は、もうありません。 すべて処分してしまって、今は賃貸に住んでいます。 わたしには、ひとり妹がいましたが、5年ほど前に病気で他界しています。 いずれはやってくるだろう両親の介護に一抹の不安を覚えながら、今はお互いに干渉されずにのんびりと暮らしています。 年々、年老いていく両親に、なんとも言えない寂しさを感じています。 自分の老化も受け入れられないのだから、両親の老化を見るのもショックなものです。 今は、二人共病院に通いつつ自宅でゆったりと生活出来ています。 今年のはじめには、心臓の動脈瘤のステント手術をしたので、今月は経過観察の入院を予定しています。 その経過後、前立腺の手術も控えています。 健康とは言えない状態ですが、それなりに穏やかに暮らしています。 いつもにこにこと、テレビを楽しそうに眺めている父。 この穏やかな日々が、いつまでも続いて欲しいと願います。

母親は喜寿

喜寿、77歳です。 父親の病院通いに付き添い、気丈に生活しています。 家を急に処分しようとした時は、気がふれたのかと思いましたが、母一人ですべての整理をやってしまいました。 何にも残さず、少ない身の回りの物だけを持って、賃貸に引っ越しをしました。 その気持の本当のところは、りえにはわかりません。 ご近所との折り合いが、よくなかったこともひとつです。 りえが実家に置いていった物も、きれいさっぱり処分されちゃいました。 思い出は、心の中にあるものだけです。 両親だけの家は、こじんまりとしたマンションです。 2人だけにしては、ちょっと広めな賃貸です。 一部屋多いんです。今は物置になっています。 遊びに行くと必ず、泊まっていけと言います。 りえのための部屋なのかな。 でも、親不孝な娘は、帰っちゃうんです。ごめんなさい。 いつか、この部屋に住むのかも知れないと思いながら。

娘との暮らしも大切にしたい

やっと成人した娘。 いつまで一緒に住んでくれるのかもわかりません。 すぐに、いい人が出来て結婚しちゃうかもしれないし。 そうなったら、一人暮らし。 我慢が足りなくて? 性格の不一致? 金銭感覚の相違から、離婚を選択したりえです。 文句を言いながらも、一緒に年老いるパートナーがいる。 そんな、両親のような生活もいいなと憧れます。 健康でなくとも、幸せに暮らしている両親をもう少し見ていたいと思います。

2017年追記

一年前のりえからは、想像もつかない現在ですが。 前兆はあったんだと思います。 終活のノートを持って母と話をしていた矢先のことだったので。 脳梗塞で倒れた時、ノートを探したのですが一行も書かれていませんでした。 一緒に記入すればよかったなあと思います。 今、この終活ノートはりえの娘の為に記入しようかと残しています。 でも、ページを開いても書こうと言う気になりません。 自分の人生を振り返るのって勇気がいるなあと思います。 どうやって生きるのか? どうやって終わるのか? 敬老の日に考えておきたい事だなあと強く思います。

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